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2007年04月25日

Web*だけじゃないよね*2.0

つい1年ほど前に、Web2.0というタイトルのついた本を読んだ。
その時にも思った事だけど、ああ、同時多発的な現象がここ(サイバースペース)でも起きてるなあ、という感覚があった。
その現象のことをうまくいい表す言葉が見つからないままに1年すぎた。
自分が世間知らずなだけで、どこかの評論家とかジャーナリストがそれらしい言葉を考えだしてるのかもしれないけど、自分はうまく言い表せない。

たぶんもっと前からその流れは確実にあって、きっと(それに気づいたりコミットした人数なのか、アクティビティの数なのかわからないけど)何かがひとつの臨界点を超えて、それがいろんなところで発現しているのだろうなあ、と想像している。

ちょうど1年ほど前はその「現象」を、自分のアタマの中では「20世紀的○○vs21世紀的○○」という対立軸で捉えていた。○○の中には「人間」「思考」「組織」「行動規範」「指標」「生活」などの言葉が入るように思う。でもそれは今だからそう思うのであって、そのころ漠然と考えていた「20世紀的」vs「21世紀的」って、こんなこと。

漠然と思っている事を書き連ねただけだからひどくとりとめがないのだけれど、今これを書いておいたほうがいいような気がした。

Webの世界ではこの対立の構図は実にわかりやすい形で表われているように思う。
Web2.0と呼ばれる世代のサイトは、それ以前に比べて格段に情報を伝えやすくなっている。そして、そこにある情報を知りたいと思っている人に格段に 届きやすくなっている。そして、発信者が望めば、同じような考えやし好を持つ人と横につながる事が、以前より遥かに簡単に可能になっている。この結果、新しい世 代のサイトは情報提供主体の「存在するかたち」を本体にかなり忠実に表現してしまう。

これは、良い方向に進めばリアル世界の「良いこと」のスパイラルを加速するだろうし、間違った使い方をすれば、情報発信の主体が立ち直れないほどのダメージを簡単に与えることも可能なことを意味するのでは、と思う。「21世紀的」現象の表われのひとつがWeb2.0なのだとしたら、その背景にある流れを考えずに、「20世紀的」な考え方で扱おうとしても、うまくいかないのではないだろうか。

ウェブだって生きて行くための道具のひとつなのだから、何も過剰にコミットする必要なんてない。ただ、こんなことが起きているということは少しは知っておいた方がいいのかもしれない。そのうえで関わり方を考えればいいのだから。

現実世界でもWebでも、ある視点にたって「気づく」ことができればこの対立はとてもわかりやすいものだと思う。Webだったら、標準を指向しているかどうか、ユーザーを中心に考えているかどうか、というのがひとつの視点。現実世界では、話や文章の中にどちらを指向する言葉が出てくるかを意識すれば、自ずとわかるように思う。

このトピックについてはときどきこうして書いてみようと思う。
自分はよき21世紀人(仮称)になりたいと思っている。その始まりは、決して人は自分だけで生きているのではないということを、明確に意識するということでもあると思う。
もしかしたらそんなことを思う人が他にもいるかもしれない。というシンクロニシティへの淡い期待もこめて。

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投稿者 zen : 2007年04月25日 02:12

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